おでんの由来

「おでん」という言葉は、煮込み田楽の愛称で「御田」と書いていました。
田楽の語源が田楽舞であるとの説は広く認められておりますが、最初は豆腐を串にさして焼いたものに味噌をつけて食べたのが起こりと言われております。
その後、こんにゃく・芋・茄子・あゆ・うぐい・ヤマメなどにも同じ方法を用いるようになり、魚類の場合は魚田(ぎょでん)、こんにゃくや芋は「おでん」と呼ぶようになりました。
やがて焼く代わりに煮込む方法も考えられ、煮込みにしたものを魚菜ともに「おでん」と名付けて、一般大衆に呼びかけたは江戸末期の嘉永・安政(1848~1859)頃からのようです。
煮込みおでんが盛んになるとともに、大根・ちくわぶ等も材料にされるようになり、明治初期には東京地方の庶民的な食べ物として愛好されるようになりました。
もともと味のつかない焼き田楽だから味噌をつけて食べたのですが、煮込みの方は下味がついていますから味噌はつけなくてもよく、代わりにからしをつけるようになりました。
からしは香辛料の中でも最も殺菌力の強いものですから、衛生設備があまりよくなかった当時としては合理的であったとも言えます。
これが後に関西にも普及し、焼き田楽と区別した「関東煮」(かんとうだき)と呼ばれ、現在もこの名で親しまれています。ですから、「関東だき」とは煮込んだおでんの事を言います。区別をするとしたら「関東風」と「関西風」等と言います。
お多幸に代表される関東風おでんは、色が濃く味付けは醤油と砂糖を主とし、種物も色がしみ込むほど煮込むのに対して、関西風では塩味を主に薄口醤油で味付けをする違いがあります。

参考文献 小学館「日本百科大事典」 ・ 平凡社「世界大百科事典」